格闘技界において、2026年は大きな転換点として記憶されることになるだろう。
先日発表された「ONE Championship」による新シリーズ「ONE SAMURAI」。2026年4月29日の有明アリーナ大会を皮切りに、今後5年間で計60大会を日本で開催するという。単純計算で「毎月1回」のペースだ。
かつての「PRIDE」や、現在の「RIZIN」といった国内最大手プロモーションですら成し得なかったこの高頻度の興行スケジュールに対し、期待よりも不安、あるいは冷ややかな視線を送るファンは少なくない。私もその一人だ。
なぜ、世界最高峰を謳うこの団体に対して、これほどの違和感を抱いてしまうのか。その理由は、トップであるチャトリ・シットヨートンCEOの言動、そして選手を「守る」という視点の欠如にあるように思えてならない。 ONE Championship - 格闘技の本拠地
1. チャトリ氏の言動と「信頼」の乖離
チャトリ氏は常に「武士道」や「世界最高峰のレベル」を口にする。しかし、その言葉の裏で繰り返される他団体への攻撃的な発言は、日本のファンに深い溝を作っている。
RIZINやK-1、RISEといった日本の土壌で育まれてきた団体を「ローカルレベル」と公然と蔑み、特定の選手が自分たちの意に沿わない行動を取れば「勇気がない」と断じる。2025年に海人選手が対戦相手の体重超過を理由に試合をキャンセルした際、彼に対して放たれた言葉はその象徴だった。後に謝罪したとはいえ、一度失った信頼を回復するのは容易ではない。
ファンが求めているのは、代表者の声高なマウントではなく、リング上で展開される純粋な競技性とその裏にあるリスペクトだ。他者を下げることで自らの価値を証明しようとするスタンスは、皮肉にも彼が掲げる「武士道精神」から最も遠い場所にあるように見える。
2. 「毎月15試合」という数字の現実味
今回の発表で最も驚かされたのは、毎月15試合程度を組むという試合数だ。年間で180試合。5年間で900試合。この膨大な枠を、一体誰が埋めるのだろうか。
現在のONEが抱える一線級の日本人選手だけでこれを回すのは、物理的に不可能だ。結局のところ、修斗やパンクラス、DEEPといった国内の老舗団体から選手を「調達」してくることになる。
ここで懸念されるのが、選手の「使い捨て」だ。かつて、ハム・ソヒ選手がトップランカーでありながら不可解な判定や政治的なマッチメイクの停滞に翻弄され、キャリアを浪費させられた例は記憶に新しい。 資金力に物を言わせ、他団体のトップを一時的に引き抜いては、適切なキャリア形成を行わずに「消費」していく。もし「ONE SAMURAI」が、単に数を揃えるための「駒」として選手を集める場になるのであれば、それは日本の格闘技界の底上げではなく、空洞化を招く結果になるだろう。
3. 武尊選手の強行出場が残した爪痕
私たちがONEの運営体制に対して決定的な疑問を抱くことになったのは、2025年3月の武尊vsロッタン戦だった。
後に明かされた、武尊選手の「肋骨と胸骨の骨折」という事実。全治7週間の重傷を負いながら、彼はリングに上がった。武尊選手という格闘家の責任感の強さを考えれば、彼自身が「出ない」という選択肢を持たなかったことは想像に難くない。
しかし、本来であれば、その拳を止めるのがプロモーションの、そしてコミッションの役割ではないか。 1月の大会がロッタン側の怪我で延期され、これ以上の延期は興行的にダメージが大きいという判断があったのかもしれない。チャトリ氏は「戦士の精神」と称賛したが、それはあまりに無責任な美談化だ。怪我を押しての出場を強いる、あるいは容認する空気感は、選手の選手生命を削ることに他ならない。
KO負けを喫した後の武尊選手の姿を見て、純粋に「素晴らしい試合だった」と拍手を送るには、あまりに状況が残酷すぎた。「延期してほしかった」というファンの声は、決して甘えではなく、至宝を守るための切実な願いだったのだ。
4. 引退試合:武尊vsロッタン再戦というドラマ
そして、武尊選手は次戦を「現役最後の試合」と決めた。 2026年4月29日、有明アリーナ。対戦相手は再びロッタン・ジットムアンノン。
このマッチメイクには、ファンとして複雑な感情が入り混じる。前回の「万全ではない状態」での決着を上書きしたいという武尊選手の執念。そして、それに応じるロッタン選手の敬意。二人の間には、団体の思惑を超えた純粋な格闘家同士の結びつきがある。
しかし、この試合が「ONE SAMURAI」という新シリーズの旗揚げ戦のメインイベントとして組まれている点に、プロモーション側の狡猾さも感じる。エースを最後まで「興行の道具」として最大活用しようとする姿勢。武尊選手がいなくなった後の「ONE SAMURAI」に、一体何が残るのか。彼が命を削って繋ごうとしているバトンを、ONEという組織は正しく受け取る資格があるのだろうか。
5. 私たちは何を見届けるのか
私は、チャトリ氏のスタンスが苦手だ。選手の健康よりも、団体のプレゼンス拡大を優先しているように見えるからだ。それでも、4月29日の試合は見届けることになるだろう。
それはONEを支持しているからではない。一人の格闘家、武尊が歩んできた苦難の道のり、その最終章に敬意を払いたいからだ。
「ONE SAMURAI」が今後5年間、本当に毎月開催を継続できるのかは疑問だ。資金が尽きるのが先か、選手が尽きるのが先か。あるいは、日本のファンに見放されるのが先か。 ただ一つ確かなことは、リングに上がる選手たちは常に命を懸けているということだ。運営側には、その重みを「数字」や「プロパガンダ」として処理してほしくない。
武尊選手が「応援してよかった」と思える結末を迎えられること。 そして、その後の日本の格闘技界が、一部の独善的なリーダーによって食い荒らされるのではなく、健全な競争と選手へのリスペクトによって守られること。 今はただ、それだけを願っている。
淡々とした事実の積み重ねの先に、この興行の真価が問われることになるだろう。